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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)83号 判決

上告人

石橋純雄

上告人

金子弘光

上告人

金本政夫

右三名訴訟代理人弁護士

前野宗俊

下東信三

吉野高幸

高木健康

住田定夫

配川壽好

江越和信

荒牧啓一

前田憲徳

年森俊宏

被上告人

北九州市水道局長西山博巳

被上告人

北九州市長 末吉興一

右当事者間の福岡高等裁判所昭和六〇年(行コ)第一三号懲戒処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一月二八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人前野宗俊、同下東信三、同吉野高幸の上告理由第一点について

所論は、要するに、地方公務員法(以下「地公法」という。)三七条一項の規定が憲法二八条に違反しないとした原判決は、憲法二八条の解釈適用を誤ったものであるというのであるが、地方公営企業に勤務する一般職の地方公務員(以下「地方公営企業職員」という。)あるいは右職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員(以下「単純労務職員」という。)が争議行為を禁止されるのは地方公営企業労働関係法(以下「地公労法」という。)一一条一項によるものであり、地公法三七条一項によるものではないから、所論違憲の主張は、地方公営企業職員である上告人石橋純雄及び単純労務職員である上告人金子弘光には関係のない条項の違憲を主張するものであり、失当である。

地公法三七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)の判示するところであり、また、地方公営企業職員の争議行為等を禁止する地公労法一一条一項の規定が、同法附則四項の規定により単純労務職員に準用される場合を含めて、憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日判決・刑集三一巻三号一八二頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和五六年(行ツ)第三七号同六三年一二月八日第一小法廷判決・民集四二巻一〇号七三九頁、同昭和五七年(行ツ)第一三一号同六三年一二月九日第二小法廷判決・民集四二巻一〇号八八〇頁参照)。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論は、要するに、地公法三七条一項の規定は結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年条約第七号、いわゆるILO八七号条約)に違反し、ひいては憲法九八条二項に違反するというのであるが、地方公営企業職員あるいは単純労務職員が争議行為を禁止されるのは地公労法一一条一項によるものであり、地公法三七条一項によるものではないから、所論違憲の主張は、地方公営企業職員である上告人石橋純雄及び単純労務職員である上告人金子弘光には関係のない条項の違憲を主張するものであり、また、右条約は公務員の争議権を保障したものとは解されないから、所論違憲の主張は、前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人らに対する本件各懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官伊藤正己、同坂上壽夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

地公法三七条一項、地公労法一一条一項の規定の合憲性及び右争議行為禁止規定に違反した者に対する懲戒権の行使について私の考えるところは、最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決(裁判集民事一五六号登載予定)における私の反対意見及び補足意見の中で述べたとおりである。すなわち、私は、右争議行為禁止規定は法令として合憲であり、このことは、法廷意見の引用する最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(名古屋中郵判決)の提示する四点の論拠、とくに公務員等の職務の停廃は直ちに公務の円滑な運営を阻害し、ひいては公共の利益を損なう可能性が強いという理由により基礎づけることができるものと考えているが、そうであるとしても、右禁止規定に対する制裁措置は、必要な限度を超えないように慎重に決定されなければならず、とくに、争議行為の違法性の程度は、憲法二八条に定める労働基本権の尊重により保護しようとする法益と地公法、地公労法が職員について争議行為を禁止することによって実現しようとする法益との比較衡量により、両者の要請を調和させる見地から、争議行為の目的、内容、態様、影響、争議行為に至るまでの当局側の対応の仕方などの諸般の事情を勘案して評価すべきであり、懲戒処分を行うかどうか、行うとしていかなる処分を選択するかについては、右争議行為の違法性の程度と均衡を失することのないように決定されなければならないと考えるものである。

右に述べた観点に立って、本件をみるに、原審の適法に確定した事実によれば、本件争議は、病院の単純労務職員二六六名の減員等の支出節減項目を含む病院、交通、水道の三事業における財政再建計画、勤務条件の改正に反対しその撤回等を求めて行われたものであり、その目的はおよそ労働組合にとってもっとも重要なものであり理解できるものではあるが、すでに昭和四二年一二月に右財政再建計画案が市議会で可決されているにもかかわらず、その後において争議行為にでたというのであり、相当の非難を受けてもやむをえない面がある。のみならず、当時、北九州市においては、右財政再建計画等の問題のほかにも、失対事業の運営の適正化の問題もあり、右適正化のための市当局の施策に反対する抗議行動等も並行して行われていたところ、上告人石橋純雄は、水道局業務部八幡営業所料金係の事務吏員であったが、本件争議行為に参加したほか、右市当局の各種施策に反対し、昭和四二年一〇月ころから同四三年四月にかけて、しばしば無断欠勤、職場離脱を繰り返し、料金徴収業務を怠り、あるいは所長等への抗議行動を行ったというのであり、上告人金子弘光は、清掃事業局若松清掃事務所の技術吏員(自動車運転手)であったが、本件争議行為に参加したほか、右市当局の各種施策に反対し、昭和四三年二月から三月にかけて、たびたび職場を離脱し、勤務条件改正問題や職務命令書の交付等につき所長等への抗議行動を行い、その際暴行、脅迫を加えて所長等に傷害を負わせたりしたというのであり、上告人金本政夫は、門司区役所失業対策課の技術吏員(西海岸現場の副監督員)であったが、本件争議行為に参加したほか、右市当局の各種施策に反対し、昭和四三年三月から四月にかけて、しばしば職場を離脱し、職務命令書の交付や勤務時間、業務内容の変更の説明等が行われた際、課長等への抗議、妨害行動等を行い、暴行、脅迫を加えたりしたというのである。

本件争議行為の目的、態様のほか、以上のような上告人らの無断欠勤、職場離脱の繰り返し、管理職に対する激しい抗議行動、暴行、脅迫等の行為に照らしてみると、私の立場に立っても、上告人らに対する本件各懲戒免職処分が裁量権を濫用したものと判断することはできないと考えられる。

裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、地公法三七条一項、地公労法一一条一項の規定が憲法二八条に違反するものではないとする法廷意見に賛成するものであるが、右争議行為禁止規定を合憲とする論拠については、法廷意見の引用する最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(名古屋中郵判決)が公務員の労働基本権の制限、具体的には公共企業体等労働関係法(昭和六一年法律第九三号による改正前のもの)一七条一項の規定の合憲性に関して説示するところと異なる見解を有している。すなわち、私は、右争議行為禁止規定の合憲性が肯定されるのは、地方公務員の従事する業務は国民全体の利益と関連を有するものであり、現実に地方公務員の罷業、怠業等が国民生活の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあり、国民全体の利益を擁護するためその争議行為を禁止することもやむをえない措置として是認できるからであると考えている。したがって、争議行為禁止規定に違反する行為の違法性の程度は、国民生活全体の利益と労働基本権を保障することにより実現しようとする法益とを比較衡量して両者を調整する見地から、当該行為が国民生活に及ぼした影響、争議行為をなすに至った経緯、その目的等の事情を考慮して判断することが必要であり、右違反者に対して課せられる制裁としての懲戒処分は、右の観点から必要な限度を超えないように、当該行為の違法性の程度に応じて慎重に決定されなければならないと考えるのである(最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一五六号登載予定における私の補足意見参照)。

右に述べた観点に立って、本件をみるに、原審の適法に確定した事実によれば、本件争議は、病院の単純労務職員二六六名の減員等の支出節減項目を含む病院、交通、水道の三事業における財政再建計画、勤務条件の改正に反対しその撤回等を求めて行われたものであり、その目的には酌むべきものがあるが、一方、右職員の減員等は当時の財政窮迫状態を打開するため緊急に必要なやむをえない措置として計画されたもので、そうすることに相応の根拠があったものである。のみならず、当時、北九州市においては、右財政再建計画等の問題のほかにも、失対事業の運営の適正化の問題もあり、右適正化のための市当局の施策に反対する抗議行動等も並行して行われていたところ、上告人石橋純雄は、水道局業務部八幡営業所料金係の事務吏員であったが、本件争議行為に参加したほか、右市当局の各種施策に反対し、昭和四二年一〇月ころから同四三年四月にかけて、しばしば無断欠勤、職場離脱を繰り返し、料金徴収業務を怠り、あるいは所長等への抗議行動を行ったというのであり、上告人金子弘光は、清掃事業局若松清掃事務所の技術吏員(自動車運転手)であったが、本件争議行為に参加したほか、右市当局の各種施策に反対し、昭和四三年二月から三月にかけて、たびたび職場を離脱し、勤務条件改正問題や職務命令書の交付等につき所長等への抗議行動を行い、その際暴行、脅迫を加えて所長等に傷害を負わせたりしたというのであり、上告人金本政夫は、門司区役所失業対策課の技術吏員(西海岸現場の副監督員)であったが、本件争議行為に参加したほか、右市当局の各種施策に反対し、昭和四三年三月から四月にかけて、しばしば職場を離脱し、職務命令書の交付や勤務時間、業務内容の変更の説明等が行われた際、課長等への抗議、妨害行動等を行い、暴行、脅迫を加えたりしたというのである。

本件争議行為の目的はともかく、以上のような上告人らの無断欠勤、職場離脱の繰り返し、管理職に対する激しい抗議行動、暴行、脅迫等の行為に照らしてみると、私の立場に立っても、上告人らに対する本件各懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠くとまではいえず、裁量権を濫用したものとはいえないと思われる。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫)

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